〔太陽のピラミッド〕Sun Pyramid
これが建設される前に何があったのかというと、〔太陽のピラミッド〕の敷地で、西暦1年のちょっと前の、長さ13.5mの自立壁の痕跡が報告されています。建築軸は11.5度でした。
西暦200年に第1期工事がなされました。約200m×高さ64mが一気に施工されました。
250年頃に、第２期工事としてアドサダが付加されました。
現地で見ると、あれ、角度がちょっと歪んでいるかな、という印象を得ます。ここだけ、22度の建築軸です。テオティワカンでは他には見られません。
〔太陽のピラミッド〕が自然の神々へ祈祷する場としての建築物なら、西側は、日の入りに対面する最重要の面です。15.5度も22度も、春分秋分や雨季と乾季の始まり、あるいは中間の日の入り箇所と合致しません。西側の尾根にはいくつかのなだらかな窪みがあるのですが、太陽の、農業に重要な位置を反映しません。これは、どういうことでしょうか？
私の漠然とした推論は以下の通りです。
１、最優先事項は、64mという高さ。
２、西暦120年に決められた15.5°から逸脱してはいけない。
３、概ね西を向けるから、角度の細かいことは気にしないで、太陽祭事を行う。
それでも、50年後にアドサダだけ6.5度も北を向けたことが説明できません。不可解ではあります。
350年頃に本体の全体を覆う、第３期工事の厚塗りがなされました。が、すぐに厚塗り部分が滑落しました。設計にミスったのか、施工が貧弱だったのか。再工事はなされませんでした。
観光客が目にするのは、第1期工事の本体と、アドサダ、そして厚塗り層の支えとして付加されたキザギザの石組みです。不恰好なキザギザは取り除かれず、放置され続けました。
巡回水路
現在の幅3m、深さは50cmの矩形の水路が、ピラミッド本体を囲んでいます。アドサダ付近がどうなっていたかは不詳ですが、これを舞台装置にした祭祀が行われたはずです。
水は、おそらく北東のサン・フアン川から引いたのでしょう。水は入れ替えしなくてはならないので、多分、〔死者の通り〕の半地下式広場群へ流し、最終的には〔城砦〕のすぐ北のサン・フアン川へ落としたと思われます。
基壇は4つ
なお、現在のピラミッド本体の基壇は５つ見えます。しかし、麓にある説明看板に明記されているように、下から３層目と４層目の区切りは、1906年の調査／復元の誤りです。このサイトの〔太陽のピラミッド〕の写真のうち、1枚だけ修正してみました。
高さ64mの目的
〔太陽のピラミッド〕を巨大に設計した理由は、最上段の64mという高さが欲しかったから、というのが通説です。2023年と2024年に登頂が許されていなかったので確認しづらいのですが、以下の事柄が指摘されています。
１、西暦200年以前の設計時、テオティワカンには数多の火山灰避難者が住んでおり、噴火には恐怖を抱いていた。
２、最大の活火山であるポポカテペトルは、60km南南東にあり、テオティワカンからは、南の丘が邪魔をして見えない。だが、噴火は記憶に焼きついていた。
３、為政者は、火山に噴火を控えてもらうように働きかける義務がある。そこで、ポポカテペトル火山を直接見ることのできる高さ、64mが必要だった。
４、その高さを出すために、約200m四方の基礎が造られた。
ありそうな推論です。最上段では何が行われたのでしょうか？ 儀式の様子は、消えてしまい、わかりません。が、道具立ての一部は発掘されています。
↑↑↑↑at 東京の古代メキシコ展2023。
〔火の老神〕像は、顔の皺、猫背、背負う火鉢が組み合わせてあります。一般家庭も備えたらしく、大小さまざまなサイズのそれが、大昔からメソアメリカ中に残っています。上の写真は、〔太陽のピラミッド〕の頂上の穴から出土したそれです。製造は450年〜550年です。
他にモノリス2本が伴われていた、と報告されています。その展示はないのですが、論文の写真を見ると、後述する〔地下天文観測所〕内のそれに似ています。
↑at 壁画博物館。
また、文化博物館の屋外に、大きな炉／火鉢が再構成されていました。
↑at 文化博物館。
発見箇所は、本体ピラミッドを５層だと判断した考古学者の1906年の報告書からは、明確には判断できません。ピラミッド本体あるいは付帯的な神殿からの出土であることは間違いなさそうです。中央の赤い部分に「52年の束」が読み取れるそうです。
本体の外壁装飾
可能性として、第１期工事には大々的に装飾が施されたが、350年の厚塗りのために剥がされ、厚塗りの上に貼り戻され、それごと崩落し——、という過程を経たかもしれません。今日、外壁装飾だったと思われる遺物の残骸が、ピラミッド周辺に転がっていました。拾い集めたのが、以下の写真に写っています。
↑at 人類学博物館。↑at 文化博物館。
ジャガーの頭部と鉤爪が、ほぞ形ですので、壁に開けた穴に嵌め込まれていたのでしょう。また、〔トラロック〕を連想させる太い丸が連続して、帯のように横長に並べられていたようです。これは、巡回水路と関連しそうです。
他にも多くのジャガー像の欠片や摩耗した塊が報告されています。〔太陽のピラミッド〕の主神は、ジャガーだったかもしれません。
〔太陽の広場〕と中央祭壇
ここは〔太陽のピラミッド〕への正式な入り口です。左にある中央階段を上がり、基壇の上で、北を見ています。〔太陽の広場〕は、基壇を右へ降りた場所にあります。
このような基壇のない〔月の広場〕と比べると、アクセス制限度が高い、と言えます。真ん中に、中央祭壇があります。
〔太陽の広場〕で出土した〔死の円盤〕です。西暦300年〜550年。
↑↑at 東京の古代メキシコ展…2023年8月24日。
直径は125cm。厚みがあるので、迫力があります。鼻が穴になっているのは、黒曜石のナイフを刺したのではないか、と言われています。口から舌が垂れています。この有名な遺物を、メキシコ政府はよく、一年間の日本巡回展示を許可してくれました。感謝。
私は、古代メキシコ展を見たその足で成田空港へ行き、2023年のメキシコ旅行を始めました。数日間、テオティワカンを見た後に、メキシコシティ内にある国立人類学博物館を訪れました。テオティワカン室の入り口に、なんと、〔死の円盤〕がそびえています。
↑at 人類学博物館…2023年8月31日。
ガイドが言っていました、死の円盤はいくつもある、もっと小さいのもある、と聞いたことがある、でもこれは、壊れ方や摩耗度がいつものやつだから、精巧なレプリカでしょう、これと東京のとどっちが本物か、あるいはどちらもレプリカかは分かりませんが。
緑石のマスクと、2つの蛇紋岩の立像
↑↑↑at 東京の古代メキシコ展2023。
どれも、西暦150年〜250年。〔太陽のピラミッド〕内部の当時のトンネルで見つかりました。なお、このトンネルは有名な地下人工トンネルのことではなく、ピラミッド建築時に最下層に設けられた通路のようなものです。その出入り口が、これです。
世界中の博物館や好事家の秘密の展示室に「テオティワカンのマスク」は存在します。持ち出ししやすかったからでしょう。考古学的出自が明確なマスクはごくわずかで、これがそのうちの一つです。縦11cm。高さ17cmと26cmの立像からは、耳飾りや細かいものがすでに欠落していたようです。
ピラミッド地下の人工トンネル
〔太陽の広場〕が出入り口で、6.5m潜り、ピラミッド下を水平に、真っ直ぐではなく、蛇がのたくるように優雅に蛇行しながら、108m東へ伸びています。途中に控え室のような横穴が2つあり、最終地点に〔四弁の花〕を想起させる4つの部屋があります。
ピラミッドの底辺が約200m四方ですので、手前からの108mでは、ピラミッドの中心点にわずかに届きません。あと十数m掘り進められない理由があったのでしょうか。
このトンネルの発見時からかなりの期間、元々あった自然の洞穴に手を加えて作られた、と言われてきました。今日では、テオティワカン中心部には洞窟が他になく、自然にできる地質状況ではないから、全部人工的だと断定されています。
さまざまな奉納品で埋まっていたはずのトンネルは、綺麗さっぱりと盗掘されていました。考古学者たちは、粉々になった遺物のかけらを吟味し、最奥の４部屋に、王の遺体の痕跡や王に相応しい副葬品の痕跡を探しました。残念ながら、結果は、期待を裏切るものでした。
回廊と基壇
左から、ピラミッド本体、増築層の痕跡、巡回水路、回廊、基壇です。
なお、基壇の上には、神殿か祭司用具倉庫があったようですが、Google mapで見ると、何も残っていません。
司祭の家
南の基壇と〔死者の通り〕の間に、立派そうな建築物があります。下の写真は北から撮りました。
↑at 人類学博物館。
西暦550年に焼き討ちされています。西暦150年〜250年の72cmの緑石の立像が破壊されました。
太陽の宮殿住居
私があまり使いたくない「宮殿」が「司祭の家」の反対側、〔太陽の広場〕の北側に広がっています。詳しく発掘されていないようで、論文は見つけられません。
右上に、まだマウンドのままの部分が見えます。北半分は壁が見て取れます。
このエリアは、当時、外部からは容易に入れない構造になっていたと聞きます。また、西暦1300年以降に訪れたメシーカ族が簡易的な建築を行った、という話がありますが、それがどの箇所なのかは不詳です。
西暦550年以降
1kmほど歩きますが、回廊を一周できます。北の回廊の北基壇寄りに、かなり崩れた住居跡が、雑草から顔を出しています。
テオティワカン政府がなくなってから、住み始めた人々の家屋の痕跡です。建築にあまり秩序はありません。詳しい発掘は行われていないようです。西暦 800年頃、という囁きもあります。
文化博物館への切り通し
〔太陽のピラミッド〕の南東の角からすぐ南に、テオティワカン文化博物館があります。そこへ行きやすくするために、Inahは基壇に切り通しを築きました。
東回廊から南を見ています。中央に切れ込みが見えますね。下は南回廊から写しました。
切り通しの断面です。中はほとんど、日干しレンガで、壁面だけには石を貼ったようですね。
それにしても、観光客の利便性のために遺跡を壊す大胆さが、Inahにあるようです。〔月のピラミッド〕と〔太陽のピラミッド〕への登頂も、蛮勇を奮って許可して欲しいものです。あ、いや、単に、基壇の建築構造をよく見てもらいたかったという啓蒙的意欲の表れでしょう。
